自笑庵:ともやの時おりおりのメッセージ

HP~スペインの大地とその心を描く~澤口友彌の世界でつづったブログ (2003 - 2011 年)&その他

12. 心のゆたかさ

車の中には水2リットルは常備している。

海岸か河川の辺り以外は半砂漠化しているスペインでは、そう容易に飲み水にありつけるものではないからねぇ。たとえ飲めそうな湧き水でも山手で山羊や羊、馬が放牧されていると危険。だからわしは取材で走り回る田舎や山道では、その辺りでは名の通った湧き水がどこかにあるので、近隣の村人やトラックのドライバーに尋ねることにしておる。必ず親切に教えてくれるよ。

そんな名水のひとつがイベリア山塊中の2000メートルほどの峠にある(北緯42度。モンテネグロ・デ・カメーロス村の西)。誰がつけたのか、名前もいい―――蜂蜜の清水―――を『羊の王国』の取材で出かけた折にいつも立ち寄ってボトルに詰めて持ち帰っておった。

何回目かの時の話。

水をトランクに積んで一服しておると、よくここまで登ってきたなーと感心するようなポンコツ車が停ってな。降りた二人の中年男が湧水に近づき、それぞれが持っていた布張りの木箱からクリスタルグラスをおもむろに取り出したのよ。それを一度ゆすいでから8分目ほどまで水を受け、高々と太陽に透かしながらじーっと見つめておった。鉛分の多そうな高級グラスがキラキラと輝いていたなー。それから2人は頷き合い、ゆっくりと感無量の体で飲み干すと、きれいに水をかけ、木箱に納めて車に戻っていきよった。それを始終無言でやってのけたのよ。

わしはたまりかねて話しかけてみた。「名水を訪れ、その場で味わう会の会員」と聞かされ、更なる感動とともに胸を強打された思いやった。なんという心の「ゆとり」やろう。車に積み込んだ水が恥ずかしくてたまらんかった。

我が家の水は外から持ち込まねばならんような締りのない水じゃあない。かつてアラブ人たちが造った地下の用水路(カナット)で運ばれてくる、やや硬めの水だが、冬は11℃と暖かく、夏は13℃と十分に冷たい最高の水なんでなー。まずい水だったら湧水を持ち帰るのも許せるやろうと今は反省しておる。

人間、遊びに出かけても、心だけはみすぼらしくなりたくないもんやねー。