立ち話をしながら、箱から取り出したタバコをポトリと落としてもスペイン人は絶対に拾わない。人間の行動規制はさまざまで、牧畜社会では自分を小さくみせるような行動はどうも嫌われる。
動物を相手にしたら出来るだけ自分を大きく見せ、真正面に向かって威嚇しなければならん。それだから子供を庇うときに、母親がしゃがみ込んで相手に背を向けるのとは正反対に、両手を広げて前に大きく立ちはだかる。同様に御辞儀をして小さくみせるのではなく、元来牧畜民であるスペイン人は軍人の行進同様あごを突き出して胸を張る。このようにしゃがむ、拾うといった牧畜民ではマイナスの行動が、神に選ばれた誇り高き人間を尊ぶ宗教的選民思想と結びつき、落ちたタバコは拾わない習慣になったとわしは思っている。
このカトリック的選民意識は近世になって「食べ物を残す誇り」にまで虚栄化し演繹され、庶民層にまで浸透した。
ところがIT改革による世界の同時化が、スペイン人社会にとっては意識改革と呼べる現象を随所に生み出した。たとえば、世界の食糧危機やスペインの自給率はほぼ100%という現状を知った上で、「食べ物は人間の共有財産だ」のキャッチフレーズの下に食べ残しを半強制的に持ち帰らせるサービスを始めたレストランが出現した。
共鳴するレストラン。飲み残しワインを空気抜きして美しい袋に入れてテイクアウトしてもらう店。失業者には1ユーロ(今日現在およそ120円相当)で食事を提供する店。同じく経済危機で突然職を失った人たちへ、在庫がなくなるまで生活必需品を何品選んでも勘定は1ユーロの店。毎年何万人に及ぶアフリカからの密入国者保護。移民者への医療保険の適用などなど。相互扶助の新時代に向けて、この国の住民たちは着実に一歩踏み出していることを感じる。