48. 交通局
毎年帰国のたびに自動車の国際運転免許証を発行してもらいに交通局にでかける。
気軽に思いついて立ち寄るなんてとんでもない話で、前もって行動日程表に組み込んでおく必要がある。なにしろ一日がかりの仕事になってしまうから今日もその覚悟で早起きした。
交通局に着いたらまずは申請用紙をもらうために順番待ちの長蛇の列に並ばなければならない。申請内容により窓口が違うから短い列にくっつけばよいというものではない。その上、窓口は突如として変更されていることもある。列の間を縫って窓口に近づき、掲示を確認してから並ばないと何十分も待たされたあげく、窓口の係員に隣の窓口をボールペンで冷たくさされたりする破目になる。
万国共通で役所の書き物や文章は一般人には難解である。どうも普通に使わない用語を使うことによって自分たちの権威を高めようと目論んでいるのか、わかりやすい文や一般用語に変更する能力がないのかとしか考えられない用語だ。だからスペイン人は窓口を自分の目で確認してきた上に、列の最後尾の人たちに「ここでよいのか」と再確認することを怠らない。
こんな時いつも味わうのは、まわりの人たちが「そうだ。そうだ」と笑顔で列に加えてやったり、ベテランさんなどは申請書の書き方まで説明してやったりといった和気あいあいの雰囲気だ。お互い様、寒空の下、オーバーの襟を立て、足踏みしながらざっと30分ほどは待つことになる。
書類を書く段になり、ボールペンがないのに気がつき買いに出かける者。写真や健康診断書を持参する間がなかった者。身分証明書や運転免許証、車検証のコピーなどを忘れた者。そんな人たちのためにちゃっかりと役所前の道路でボールペンを売るおばさんもいるし、写真屋や診断書用の医者も近くに看板を出している。一台しかない役所の階段下のコピー機も順番待ちの列。このへんの用意のずさんさも、それを補充するのに悠々としてふるまう有様はいかにもスペイン人らしく、ここまで板についた見栄の張り様が羨ましくさえなってくる。
書類を書き上げ、手数料支払いの窓口での順番待ちは20分。お金を支払って引き換えに番号札をもらう。
書類受付専用待合室に入ると電光掲示板には350人ほど前の番号が点滅していて、あらためて覚悟を決め直す。
こんな折によく頭にふっと浮かんでくるのは日本人のバスや電車の席とり風景だ。今日の場合だったらまずは最初に金を支払って番号をもらう。その次に不足のコピーや写真などを補充するという、昔ながらの「生き馬の目を抜く」要領を発揮するだろう…と苦笑。
待合室の椅子はざっと200席。半数近くは立って待つ以外にない。時計と見比べると30分で50人を処理しているようだから、わしの番までに3時間半はかかることになりそうだ。こうなると昼飯にはありつけない。
だがわしの予測した時間より7分も早く番がまわってきた。どうしようもない無駄な時間に付き合わされていると、こんな7分が誠に幸運と感じられる自分の幼稚さも含めた笑顔になる。
中国語はあっても日本語のない国際免許証に顔写真を糊で貼りつけたり、はんこをパンパン押し、ホッチキスで留めたりして組み上げてもらって受け取ったんだが、公報には2枚と書いてある写真を今回も1枚しか使わないでもう1枚は返してきた。今年こそとついにその理由を尋ねてみたら、窓口事務担当の交通局公務員嬢は「われわれがはさみで切り損じた時用のスペアだ」とのスペインらしいお答え。まさに絶句。
免許証を受領するまでに〆て4時間半ほどかかったわけだが、日本のように意地悪で真面目腐った冷たさよりは、はるかに人間くさくて怒れないのがなにか不思議だ。