自笑庵:ともやの時おりおりのメッセージ

HP~スペインの大地とその心を描く~澤口友彌の世界でつづったブログ (2003 - 2011 年)&その他

70. 続・様変わり(三)形くずれ

グルメだ美食だといって味にうるさい人が多くなったが、それでは本当の味がわかる人は何人いるだろうか。

こんな単純な疑問を抱いたのは、どうも「かたい食べ物」がいやがれるのか、「やわらかい食品」が強調されているのが目に留まるからだ。硬くても歯でしっかりと噛み込んで、にじみ出る食べ物固有の味を楽しんでこそ本当の味を知ることじゃなかろうか。

来西した頃、レストランで出される野菜煮込みは深皿に山盛りだった。ジャガイモ・にんじん・たまねぎなどは丸ごと、キャベツ・ねぎは大切りで、むしろ餌と呼ぶほうが実感的な骨ストックと塩味だけのものだった。ステーキも厚切りに粗塩をふりかけたのみ。素材の形と味が飾り気なくありのままに楽しめた。

だが今ではどの料理もまったく国籍不明である。メインディッシュのなかみは、肉か魚かすら判定しがたいような細切れに野菜・果物を混ぜ合わせ、やたらとデコレーションした上に、絵の具を絞り出したようなソースを撒き散らしてある。味も素材の全体的外見もまったく形くずれしてしまった。

こんな見かけ倒しの料理に慣らされてきたスペイン人の間にも、どうも形くずれ現象が現れてきたようだ。とくに若い女性のピチピチした健康的な明るさが消え、日本と同様に活力を感じさせない極細人間と、それとは対照的な極太人間という両極に分かれた形くずれが目立ってきた。

しばらく前に政府も「ファッションモデルに対し、体脂肪18パーセント以下は出場禁止。ショーウィンドウには7号(概寸)以下の衣服の陳列を避け、9号(概寸)以上とせよ」といったふうに警鐘を鳴らした。健康なダイエットについて、将来をみつめたユニークな抑制措置と敬服したが、一方の極太対策はまだのようだ。

保健体育、家庭科、生物の学習で健康管理の知識を身につけている日本人には想像もできないことだが、この方面でも常識に格段の差だある。そこへもってきて景気良好、女性の家庭外への労働進出、手抜き料理食材の氾濫などで食生活のバランスが崩れてしまい、むかしのアメリカ映画に出てくる超太めの警官の体型とそっくりの若者、とくに女性の形くずれが増えすぎた。

スペイン人の大好きなお祭りさわぎの夏は7月のサン・フェルミ牛追い祭りからはじまり、トラック何台分という大量のトマトの残骸で河川を汚職するだけの、歴史的に何の由来もないトマティーナ(トマトを投げつけ合うまつり)へと続く。毎週末の街角や公園で繰り広げるボテジョン(若者も酒盛り)もある。騒ぐことには事欠かないのに、名称だけの国産車の宣伝で、満杯に乗り込んだ若者たちが大騒ぎしながら車を走らせている映像を流したりしている。これはひとつ誤ったら凶器となるだろう。

形くずれは料理、体型だけではなく精神まで及んできたようで、このあたりでなんとかけじめが必要な感じだ。もしかしたら「ゆとり」は「形くずれ」と同義語かもしれないな。