36. 土用ニンニク
皮側へクリッと巻きこんだ歯ごたえのあるうなぎの蒲焼を夢みる暑さやなあ。日本には伝統的にそれぞれ旬の味があり、季節の移り変わりというか心に区切りをつけてくれるような生きるリズムというものができるよな。
どうもスペインではその区切りになる旬の食べものがなく締りがない。だから夏バテ予防といえばニンニクを心持ち多い目に食べることしかないようだ。
ニンニクはむかし中国の坊さんが忍辱と書いたように「ひそかに奮い立つ」滋養食品だったわけだ。中央アジアのキルギス草原を原産地とするこのニンニクをスペイン語でアッホ(=AJO 決してアホーではない)と呼び、欠かせない香辛料というよりはむしろ重要な食品となっている。
歴史的にはこの不老長寿・強壮・殺菌の霊薬は紀元前4500年ごろに古代エジプトで登場してくる。クレオパトラもこの生ニンニクをボリボリ食べていたんかと思うと美女の堅苦しさがとれ、時代を超えなにか身近な人になってくるようだ。
スペインでも古代ローマ時代から強壮ニンニクとして常用され、魔よけや稲妻のシンボルとされてきた。ニンニクも雷さんとおなじように繁殖と破壊の両面をもち、臭いも似ているからだろう。
そして今でも北西部のガリシア地方ではマタンサ(スペイン通信22号参照)で豚の腸詰めをつくるとき、肉にスパイスなどを練り込んで大型のハンバーグようにまとめ、上に十字の印を描き、その交点にニンニク一株をおいて魔よけとする習慣が残っている。おそらくニンニクの殺菌力がこんなまじないを生んだのだろう。
「ニンニクのようにピンと背筋をはる」は得意満面ということ。「生ニンニクと本物のワインは確実に峠を越える」は実力は確実にあるの意。コウノトリがくちばしでカスタネットのような音を立てることを「ニンニクをつぶしている」と表現する。
こんなふうにニンニクはスペイン人の生活の中に深くかみこんでいる。
身分にすぎた贅沢なうなぎはあきらめ、せめてスペインらしく、生ニンニクをすり込んだ自家製マヨネーズをたっぷりとぶっかけて冷やした粉ふきいも Patatas ali'-oli' でも食べることにしようか。