自笑庵:ともやの時おりおりのメッセージ

HP~スペインの大地とその心を描く~澤口友彌の世界でつづったブログ (2003 - 2011 年)

45. 散歩

取材先の田舎道でおばさんやおじいさんの2、3人連れに出会うと「あっ。もうすぐ村だ」とホッとすることがある。

日没前のひとときを夫婦や友達仲間で散歩に出るのが古くからのスペイン社会の習慣だ。それぞれの体力にふさわしい距離と速度で雑談を交わしながら歩く。移動式の、一種の社交の場となっている。

気質的にスペイン人は万歩計をベルトに通し1分間○○歩で……なんて拘束されるのはきらいだから、あくまでもマイペースで歩き続ける。5~60代のリタイア組で5kmほど。それでも物足りない人は朝夕と2回歩いているようだ。

EUに統合され、ごく最近になって義務教育に体育の授業が導入された。体を調整するいわゆる体操は皆無で、ただゲーム遊びで走り回っているだけの授業だが、これすら実施されなかった頃は散歩が唯一の健康維持の方法だったのだろう。

そんなふうに永年の伝統で歩き慣れたスペイン人は、一山越えて反対側の、片道20kmほどの村や町まで日帰りで買い物に出かけたりして気楽に歩いている。だから「すぐそこ」で5km。「ちょっとあるなー」で10kmほどという意味が含まれていることを知らないと大変なことになる。

移動させる羊から通行税を徴収していたという中世期の、その名も「羊橋」を探しに出たときもそうだ。村人から「車は通れないが歩いていける。大して遠くないよ…」と教えられたとおり、用水路の堤防伝いに藪や川原を抜け上流に向かって進んでいった。途中、何度か引き返そうかと思いながらやっとで橋に着いたんだが、「大して遠くない」が2時間30分がかりだった。

○○すれば古い脂肪まで消費する…という理屈と知識はどうも日本人が一番よくもっているように思えるが、スペイン人の得意な「規則は知っているよ。でも守るかどうかは自分勝手よ」と放言するのと次元は違っても、「実践」しないことには大差なく共に同じ結果となる。

世の中が便利になった分だけ人間は怠け者になった。ダイエット食品の氾濫で牛乳ですら注意して買わないと低脂肪シャビシャビを飲まされてしまう時代になってしまった。パン・チーズ・ヨーグルト・ケーキ・ハム・ソーセージと何でもそろってしまうので、怠け者はその便利さを買って散歩することまで忘れてしまったようだ。冬になったせいではなく、最近は近くの遊歩道を歩く人もめっきり少なくなってきた。

文明という便利さはここでもまたひとつスペイン人の好ましき伝統を押しつぶしながら進んでいくようだ。日本社会でもおなじこと。工場への派遣社員という新しい便利さも日本の伝統的製品の完ぺきさという市場価値を下落させ、いままでアジアといえば一番に日本を取り上げていたTVもいまでは中・日・韓の順となってしまった。そのうちに中・韓・日になるかもしれんなあ。

puente medieval para transhumancia, 2004

羊や牛の専用路カニャーダ cañada に残っていた橋。 むこう半分以上は崩壊しているが18世紀末頃までは使われていた。 橋の幅は4mほど。両端にめがね橋をもった中央部がやや高くなった太鼓橋だった。長さは推定200mほどかな。